紀州街道を行く(樽井から泉大津まで)[中編]

 紀州街道を3回に分けて歩いています。
 全行程は71kmほどあるそうです。
 今回は2回目。
 樽井から泉大津までです。
 おおよそ20km強なので寄り道をしながら歩こうと思っています。
 天気のいい日を見計らって9月中に歩こうと思っています。
  
 樽井から少し行ったところに紀州藩主の参勤交代の休憩所として使用された庄屋・田中覚右衛門の屋敷が田中本陣として今も残っているそうなのでそこを訪れることにしました。

 それでは出発です。
 朝から電車に乗り遅れるわ、電車の乗り換えを泉佐野と泉大津を間違えるわで幸先不安でしたがどうにか無事に済ますことができました。
 旅行などではよくありがちなことなのであまり気にしないで過ごす方がよさそうですね。

 前回ゴールした樽井の駅からスタートです。
 ☆コース図はこちら
 GPSのデータを御入用の方は連絡くだされば提供いたします。
 青いコースは昨年歩いた大阪チャレンジウォーク100kmのコースです。IMG_0800AP.jpg

 ☆高低差
 初めに樽井から田中本陣に向かうまでが少々の登りでしたね。 IMG_0798AP.jpg


 ☆樽井駅からのスタート(9:01)
 前回は駅前でビールでも飲もうと思ったけれど駅前に何もなかったようだけど今日は駅を出て左側に店屋さんがあることに気付きましたね。IMG_0729P.jpg

 ☆登り道が続きます。(9:04)
 204号線と交わる樽井の交差点の標識でまっすぐ進めば岩出に16km。右に進めば和歌山へ24km。
 左に進めば大阪に42kmとわかります。
 大阪チャレンジウォークでは大阪城から樽井が折り返し地点になります。
 今年はコロナの影響で中止なんですが来年はどこを歩くんでしょうかね。
 100kmウォークの記録はこちらをチェックしてみてください。
 ☆泉南市役所(9:20)
 市役所正面に"コロナにまけるな!第36回泉南市りんくうマラソン大会 11月3日"とあります。 IMG_0732P.jpg

 ☆熊野古道紀伊路(府道64号線)(9:28)
 趣のある街道です。"紀州街道"が庶民の道とすれば、こちらは風格のある"熊野古道"なんですね。IMG_0734P.jpg

 ☆信達宿の野田藤(9:33)
 藤の季節は最高にきれいで訪れる人が多いとか。("ふじまつり"は毎年4月20日ごろ)
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 ☆写真が飾られていました。
 夜に訪れて提灯の明かりで観る藤も風情があっていいものなんでしょうね。IMG_0738P.jpg

 ☆紀州街道 信達宿本陣跡(9:41)
 提灯には紀州街道 信達宿本陣跡とあります。
 先ほどのところには熊野街道とありました。
 今回歩いている紀州街道からは40分ほど離れているのですが・・・。
 紀州の殿様は本当に紀州街道を歩いていたのでしょうか。
 ひょっとして参勤交代では信達宿で休憩してからは熊野街道を歩いて大坂に向かっていたのではないでしょうか。
 熊野街道の方が風格がありますからね。IMG_0745P.jpg

 ☆"やぐらもん"にある地車の輪。(9:36)
 昭和8年まで40年間使われていた地車の輪。立派なものです。IMG_0739P.jpg

 ☆やぐらもん
 平成14年に牧野区で新しく作られた"やぐらもん"。IMG_0740P.jpg

 ☆信達宿の常夜灯(9:40)
 三基の常夜灯、右から"両皇大神宮"、"太神宮"、"両神宮"。
 文政13年(1830年)文政のお陰詣りの年に村人の道中安全祈願に建てられたもののようです。
 中央の灯は寛政2年(1790年)、左は文化12年(1815年)とあります。
 いずれも伊勢神宮への深い信仰と参拝者の道中安全祈願として建立され江戸時代から平成4年(1992年)まで約200年間常夜灯講の人々によって守られてきたとか。
 今は電気による自動点灯式になっているものの今も常夜灯としての役割を果たしているそうです。

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 ☆信達宿から紀州街道へ戻る
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 ☆府道25号線(10:10)
 信達宿から"紀州街道"に戻り進んで行く"紀州街道"は道幅も狭く庶民の生活道路のようです。
 この道は府道250号線なのです。IMG_0749P.jpg

 ☆"泉州球葱栽培之祖"の碑(10:24)
 田尻町にこのような碑がありました。泉州は"タマネギ"の産地。その栽培を手掛けた人の碑がここにありました。
 明治4年(1871年)にアメリカからタマネギが輸入されます。
 明治5年頃に北海道で栽培に成功します。
 明治12年に土生郷村(現・岸和田市)の坂口平三郎が栽培実験を行い、明治17年に田尻村(現・田尻町)の今井佐治平・大門久三郎・道浦吉平が栽培を実施。
 大正9年に北海道を抜いて大阪府が全国1位の産地となります。
 この地は昔から農耕と漁猟を営んでいたけれど不作・不漁の時は苦しい生活を強いられていた。
 これを見かねた三人はサトウキビ栽培を奨励するが、海外からの安い精糖で苦難を強いられます。
 次に、三人はタマネギに挑戦し、"吉見球葱"の名を世にとどろかせます。
 吉見ノ里が有名となりました。 IMG_0750P.jpg

 ☆お昼は田尻町総合福祉センター前の東屋で(10:34)
 お昼はちょっと早いけれどここでいただきました。
 今日は風があってさわやかで気持ちがいいですね。IMG_0752P.jpg

 ☆関空に向かう道路を横断(11:05) IMG_0753P.jpg

 ☆つばさ通り(11:20)
 まっすぐ進んで行くと商店街が・・・。この道は"紀州街道"。そして、府道250号線。
 大阪らしいんかなぁ~。IMG_0754P.jpg

 ☆商店街のアーケードの道には"孝子越街道"の石板が(11:22)
 "紀州街道"よりも"孝子越街道"の表示の方が多いですね。IMG_0755P.jpg

 ☆春日神社(11:23)
 商店街を抜けると大きな春日神社がありました。IMG_0756P.jpg

 ☆"いこらもーる泉佐野"(11:37)
 井原の里近くにローカルな名前のモールが・・・。IMG_0757P.jpg

 ☆古そうな道標(11:53)
 鶴原のところに古そうな道標がありました。左"紀州わか山"と読めます。
 鶴原は"熊野街道"と"紀州街道"の分岐点にあたるのですね。
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 ☆紀州街道本町一里塚跡(12:43)
 説明文によると紀州街道は脇街道で紀州往還道で、高麗橋から和歌山城下まで一里塚が設けられていたとか。
 でも、これまでで初めて目にしますね。IMG_0763P.jpg

 ☆新しい道標が(12:51)
 初めて"紀州街道"の新しい道標を目にします。岸和田城界隈の整備で新しくしたのでしょう。IMG_0766P.jpg

 ☆岸和田城(12:56)
 やっと岸和田城に到着です。
 紀州の殿様が参勤交代で通過するときはどのように通過したのかなぁ~。
 素通りってわけにはいかないでしょうし・・・。城主と一杯飲んだのかなぁ~。
 "まあ、一杯いこら"って感じかなぁ~。IMG_0768P.jpg

 ☆堀には綺麗な睡蓮(13:01) IMG_0771P.jpg 
 ☆岸和田城を一回り
 折角だからお城の周りを一回り。入場料は300円。
 岸和田城は泉州一帯を収めており、南は紀州の根来寺や雑賀衆の抑えを、また、江戸時代には大坂の南の守りの役割をしていたと。
 岸和田藩は5万3千石なり。
 文政10年(1827年)に落雷で天守閣は焼失。昭和29年にコンクリート造りで天守閣が再建され、昭和44年に城壁と櫓が再建されたと。

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 ☆岸和田のダンジリ祭(13:20)
 今年はコロナの影響で20日のダンジリ祭は中止です。
 提灯だけが寂しく飾られていました。また、山車の小屋の前でいつもなら若衆がワイワイガヤガヤ飲み騒いでいましたが今年は無しです。
 ちょっぴりかわいそうです。
 どこかでストレスを発散しないと若い衆には気の毒ですね。IMG_0773P.jpg

 ☆またまた商店街のアーケードが(14:06)
 泉大津駅西の中央商店街です。
 もう少しで今日のゴールです。IMG_0775P.jpg

 ☆大津神社(14:08)
 商店街を抜けると大津神社があります。
 参拝せずにゴールの泉大津駅に直行です。IMG_0776P.jpg

 ☆泉大津駅ゴール(14:10)
 今日も無事にゴールすることができました。立派な大きな駅ですね。
 今日もアルコール抜きで帰宅です。IMG_0777P.jpg

 今日は信達宿本陣跡と岸和田城に寄り道をした紀州街道第2回目。
 次回は最終でこの泉大津駅から大坂の高麗橋までです。
 どうなりますことやら。

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